『美しい人』

 昨年に引き続き、二度目となる新宿タイニイアリスでの東京公演、三度目となる梅田HEP HALL公演を、東京=大阪ツアーとしてむかえることになった。昨年の三都市ツアー公演『バイセクシュアルな夕暮れ』は、初の東京公演でもあったが、史上最高の規模と観客動員を記録して大成功となった。今回の目標は、当然ながら、「昨年よりも良い作品を」であった。その目標に、約一年半ぶりとなる新作『美しい人』で挑んだ。

 照明にアートステージプロから澳義則氏、舞台美術にスタッフユニオンから増田寿子氏、音響にWANSKより犬島和宣氏、舞台監督に山代達人氏をお迎えして、万全の体制が組まれた。また編曲には、井潤氏、ピアノ演奏の北後・堀田・小野の三氏、尺八演奏の熊本氏と多才なメンバーを迎えた。

  当初、新作の初演が東京というプレッシャーもあり、脚本は難航した。「人間を檻の中に入れて見せ物にする」というアイデアはあるものの、それがなかなかリアルに書けない。脚本は何度も書き直された。

 そんな中で、まず序曲の編曲と振り付けが、形になりはじめる。尺八や大野の奇声を取り込んだ編曲を基に、ミス・イヴォンヌによるスピーディーで暴力的でさえある振り付けが冴えた。この冒頭シーンが、劇の開幕を告げると同時に、作品づくりの始まりともなった。

 同時に、作品の根幹となる人間を収容する施設「美しい人」の舞台セットのアイデアが、増田寿子氏によって提案された。何本もの自立式のパイプが、檻になったり武器になったりするというものだ。自由に動くパイプが、人間を不自由にするという大変コンセプチュアルなセットができた。また増田寿子氏は、会場全体を漂白したデニム地で囲むという大胆なセットを発案し、それに基づいて中島ボイルは、同じく漂白したデニム地で衣装を制作した。人間性を剥奪された人々が、漂泊されたデニムを着る。ここに、『美しい人』の世界観が表現された。

 当初、タイトルが「人間園」だったこの作品のアイディアは、何年も前から大野裕之の頭の中にあったのだが、ずっと執筆されずに眠っていたものだった。それが、今回ようやく執筆に取りかかったのは、『美しい人』というタイトルを思い付いたからである。浮浪者を見せ物にする、などというめちゃくちゃな政策を国が行う時、必ず「美しい」や「由」というきれいな言葉を使うだろうことに気付いたのだ。(消費税税率アップのとき「国民福祉税」と名付けようとしたし、ナチスはユダヤ収容所に「労働は自由にする」と書いたし、アメリカのアフガン空爆作戦名は「不屈の自由」(Enduring Freedom)だった。現在でも「個人情報保護」や「国際貢献」などの言葉が出て来たときには・・・。)自由であると思いこまされていることほど不自由なことはない。『美しい人』は、そうした「国家」という得体の知れないものの中で、自由を奪われた者たちの、あるいは自由であると思い込まされた者たちの悲劇である。

 その意味で、冒頭シーンは『美しい人』のテーマを象徴している。ダンサーは、漂泊されたデニムを着せられ、しかも上半身裸で踊る。そして、そこに自立式のパイプでできた檻が突きつけられる。こうして暴力的に自由を剥奪された人間の身体が、暴力的な振りを踊る。このように、冒頭シーンは、脚本、演出、美術、衣装、照明、振り付け、音響、役者、その他様々なパートがお互いに刺激しあい、高い完成度に達した。『美しい人』は、こうしたプロセスを経て生まれたシーンで埋めつくされた。冒頭の合唱シーン、湊伊寿実による決闘ダンス、ミス・イヴォンヌによる決戦ダンス、どのシーンも迫力ある見せ場となった。

 配役は、役者の個性を最大限に生かした隙のないものとなる。何より圧巻なのは、大人数による「コロス」の存在だ。ギリシア悲劇で使われた手法「コロス」を用いた演出が、随所で効果的に使われ、舞台を説得力あるものとした。

 劇団とっても便利は、一つの方向として、アンサンブルを重視したミュージカルを目指してきた。それは、ただ単に大人数が登場するということではない。様々な個性の役者が、それぞれの個性を最大限に引き出す、と同時に、役者・舞台美術・衣装・音響、その他すべての要素が重なり、より大きな流れになる。そうした時にこそ、壮大なアンサンブルが生まれる。『美しい人』が目指したものは、そういう意味でのアンサンブルである。それは、今までのとっても便利作品とは異なる全く新しいタイプの作品、大きな挑戦であった。

 結果、お蔭様で、東京・大阪とも連日超満員で11ステージ連続満席お立ち見を頂き、1822人の過去最高の動員を記録し、2001年のツアー『バイセクシュアルな夕暮れ』に増して好評を頂いた。今回の新しい試みで、劇団とっても便利の過去の代表作『バイセクシュアルな夕暮れ』をあらゆる意味で大きく超えた新作を産み出すことが出来たと思う。今後、これを糧にさらに変貌を遂げたい。

 この『美しい人』東京公演で、劇団とっても便利と大野裕之は「アリス賞」を受賞しました。今後の励みとなる賞をいただき、ありがとうございました。


キャスト
<「美しい人」たち>
コウさん…伊藤恵一
リーさん…鷲尾直彦
ゆり…湊 伊寿実
如月さちこ…丹羽実麻子
高松…悠 来
みじんこ…吉田沙恵子
シャンディ…森谷直子
パナシェ 池本真優子(京都公演)
新聞記者まさ…高木夏子

<政府側>
山田首相…中島ボイル
佐藤外務防衛環境大臣…山下多恵子
田中厚生労働郵政大臣…中山 拓
ワタナベイチロウ…大野裕之
ワタナベケンジ…服部有希
Quing…沖田星人1
婦人警官うっちー…八田幸恵

<アンサンブル>
ミス・イヴォンヌ
吉田妙子
梅崎 萌
宮本寛子
砂守タケテル
タジマール
山口レイチェル(東京・大阪公演)
上野宝子(大阪・京都公演)
松田温子(大阪・京都公演)
サンポール(大阪・京都公演)
森山ゆい(東京公演)
森住裕里(京都公演)
岡田美穂(大阪公演)
平山文子(大阪公演)
真岬直江(大阪公演)
長谷川美和(京都公演)
岡村 綾乃(京都公演)

<コロス>

上野有佳子
坂井悠佑
さかきばらともこ
佐藤寛子
竹田慎平
速水侑子
もちを(東京・大阪公演)
河本香名子(東京・大阪公演)
宇都宮 夏樹(大阪・京都公演)
上野宝子(東京公演)
森山ゆい(大阪公演)
サンポール(東京公演)
一条一夜(東京公演)
前畑朝美(大阪公演)
今西利恵(大阪公演)
中村貴代(大阪公演)
平瀬知津子(大阪公演)
宇都宮夏樹(大阪公演)
池村美和(大阪公演)
加川えり子(大阪公演)
ワンワン   (大阪公演)
加川えり子(京都公演)
東城 薫(京都公演)


スタッフ
・作曲・脚本・演出
  大野裕之
・振 付
  ミス・イヴォンヌ、湊 伊寿実、沖田星子
・オーケストレイション
  北後知尋、堀田哲夫、井澗昌樹、小野聡一郎
  丸山 潤、砂守タケテル、森井 幸、大野裕之他
・コーラスアレンジ
  沖田星人1
・照 明
  澳 義則(from 光工房)
・照明補
  三澤裕史(東京・大阪公演)
  宇佐美 亮
・音響デザイン
  犬島和宣 (from WANSK)
・音響補
  渡辺尚図(from WANSK)、西村 崇
・舞台監督
  竹内充春
・舞台美術
  増田寿子(from スタッフユニオン)
・大道具
  三宅智子、黒田実代、悠 来、原田充啓
・小道具
   速水侑子、和久愛子、近藤由利子
・衣 装
  中島ボイル、田島幸恵、森谷直子、サンポール
・映 像
  カプチーノ尾垣
・宣伝美術
  WAKU WAKU CREATION
  とっても便利デザイン部
・後 援
  京大映画部
・制 作
  和久愛子、近藤由利子
  やま☆がたみ、城ノ崎しず、一条一夜(大阪・京都公演)
  上條麻依(大阪公演)、森山ゆい(京都公演)
・名誉制作
  みさちゃん
・制作顧問
  中屋宏隆

『美しい人』舞台写真集
(クリックで拡大します)



『美しい人』東京公演より
(以上、撮影 青木司)



(以上 撮影 くうねる・ふとる・さんだあ)

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